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セレンディピティ

b0007815_19121773.jpgセレンディピティという語が好きである。serendipityと綴る。
この語、英英辞典を手繰ると次のように定義されている。

ser•en•dip•ity/serndpti/
the fact of sth interesting or pleasant happening by chance
Oxford Advanced Learner’s Dictionary

「思いがけず出会う、楽しかったり嬉しかったりする事実」
「予期せぬ掘り出し物」と解釈しても良いかも知れない。
いずれにしても、探していたものとは別に、偶然によって面白い何かに出会うことをいう。
例えば、「ポストイット」の名で知られる付箋紙が開発されたのはまさにセレンディピティ。
3M社に、強力な接着剤を開発しようと研究に励むスペンサー・シルバーという研究者がいた。
しかし、彼が試作を繰り返した末、偶然に出来てしまったのは、よくつくけれど簡単にはがれてしまう接着剤。
通常なら失敗作として葬られるのだが、彼はそうせず「何か有効に使えるに違いない」と考え、走り回った。
そしてある日、彼の同僚が、賛美歌集のページをめくった時、目印に挟んでおいた栞がヒラヒラ落ちるのを目にしてふと思い立つ。
あのノリを使えばいいんじゃないか。
こうしてジャストフィットする使い道が生まれた瞬間、失敗作が「セレンディピティ」に変わる。

人生の中にもセレンディピティがあちこちに潜んでいるのではないかと思う。
例えば、Yahoo!メッセンジャー。
ずらりと並ぶ名簿リストの中から、趣味の合いそうな人にメッセージを送ろうとする。
ふとした拍子で、リストの一行下の人へメッセージを飛ばしてしまって・・・。
告白すれば・・・実はあなたとの出会いは、そんなセレンディピティだったのかも。
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by arly1970 | 2004-10-12 19:15 | オピニオン

ある夏の風につつまれて

6:30a.m.家を出たトキから残暑の予感がしていた。
予想通りお昼には空は澄み渡り、灼熱の太陽が照り付ける夏日となった。
公園ランチは、夏の名残を刻みつけようかとするような強い陽光と強風。
砂埃に悩まされながらの食事になってしまった。
高校生の頃にも、同じような日があったことをふと思い出した。
その頃の詩集から一編。
今読み返せばひどくたどたどしくって稚拙だけれど、
こんなふうに感じていたんだと懐かしく思います。
背景は本日2004.9.21 12:35p.m.の空。快晴。
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by arly1970 | 2004-09-21 14:01 | オピニオン

ビジネス電話で気になる応対~「失礼ですが・・・・」

b0007815_16114454.jpg 電話をかける側が自分の名前や会社名を先に名乗るのは常識中の常識だ。しかし、案外これが守られていない。電話を受けてこちらが社名と名前を名乗るや否や「○○部長さん、いらっしゃいますか?」とか、年配の方に多いのだが「○○クン、いるかね?」とくる。そのような電話は取り次ぐほうも困ってしまう。取り次ぐには誰からの電話かを伝えるのも常識だからだ。相手の社名や名前を聞き出さなければはじまらない。

 よく不慣れな社員が「部長、外線が入ってます。どなたからか名前をおっしゃっていただけないんですが・・・」と伝言しているのを耳にする。
 まぁ、これは論外。
 
 もう少し気が利いた社員だと「失礼ですが・・・(沈黙)」と問い返しているのをたまに耳にする。そうして相手が会社名や名前を名乗ってくれるのを待つという寸法だ。
 これが大変気になる。名前を聞き出そうという努力は認めるのだが、この問い掛けでは先方に対して失礼に当たる。もちろん、名乗らずにかけてくる方こそビジネスマナーがナッチャイナイわけだが、これでは「ナッチャイナイ者同志の会話」になってしまう。結局名前を聞き出せないまま、同じように「外線です・・・・どなたかわからないのですが・・・」。先と同じ結果になったりする。

 アーリーの場合は、名乗らない相手に対してはこう応答している。
「私、有馬と申します。大変失礼でございますが、お客様のお名前をお伺いできますか?」
これでようやく相手も気付く。「あぁ、これは失礼しました。私××会社の○○です。」

 礼儀がナッチャイナイと怒っていても始まらない。やはり先に名乗ることが重要である。
 相手に先に名乗られた後で自分の名前を尋ねられても、悪い気がする人はまずいない。

 #ツマンナイネタで失礼!!

b0007815_1822723.jpg 最近チョーハマってるアセロラドリンク。起き抜けのカラカラに渇いたノドに氷たっぷり浮かべたヤツをキューッと一杯。寝る前にキューッと一杯。酸味が効いてて、なんだかカラダの中がキレイになっていくような気がするのデス。
 ちなみに、アセロラの果実は100g当たり1000mgを超えるビタミンCを含み、その含有量の多さはほかの果実に比べてずばぬけているそうですね。お肌にもいいかなー。
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by arly1970 | 2004-09-17 16:48 | オピニオン

10年前に好きだったモノは今・・・

b0007815_21313243.jpg 日経新聞を読んでいたらふとある記事が目にとまった。タイトルには「音源に携帯かざし曲名検索」とある。音楽の流れているスピーカーの前に携帯電話をかざすと、流れている音楽の曲名や歌手名が表示されるという技術が開発されたそうだ。試験サービスとして20万~30万曲が検索できるように計画しているという。なんとも画期的な技術だ。十年一昔というが、とにかく昨今の技術革新は著しい。
 十年一昔・・・ふと思い立って、HDDに保管されている10年前の日記を引っ張り出してみた。懐かしくてしばしの間色々眺めていたら、あるタイトルの日記に行き当たった。「昔からずっと好きなモノ」とある。ずっと好きだったものが単語として羅列されていた。

 あれから10年経った今はどうなんだろう?ふと自問自答してみたくなった。

★が10年前の日記に記された「昔からずっと好きだったモノ」/◎=今も大好き ○=まあ好き △=微妙です ×=嫌い

★調味料-◎/一人暮らし時代と違って料理すること少なくなったケド。整然と並んでいるのが好きなのかも。
エレクトリックベース-◎/変わりません、きっとこれからもずっと。
★独りぼっち-○/一人の時間はなくてはならないもの。だけど今は10年前より人恋しいかも。
★音楽-◎/変わりません、きっとこれからもずっと。
★マニュアルトランスミッション-○/峠大好きでした。ATなんてありえないと思ってたけど、今は「ちょっとラクかも」と思ったり。
★ブラウン-△/嫌いではないけれど、すごく好きな色というわけではなくなってしまった。
★紅茶-◎/10年前より味覚も肥えました。つまり「味をしめた」??最近はレピシエのSAKURANBOがお気に入り。
★地図-△/空想旅行も好きだったけれど、今は地図を読めない(アルツハイマーか?!)
★PC-◎/仕事にも私生活にも必需品ですね。依存症状態。
村上春樹-◎/でも最近新作読んでない。(出てるのカナ?)
★海-◎/一生変わらないでしょう。
★陽射し-◎/10年前よりもずっと好き。やわらかな陽射し。逆光線が作る陰影。さまざまに姿を変えて。
★インテリア雑誌-○/手にする機会は少し減った。代わりにインテリアショップめぐりをする機会増加。
★高速道路-◎/特に真夜中の首都高速。中央環状線(C2)のどこまでも続く幻想的なライトは吸い込まれるかのように美しい。
★ハンバーグステーキ-◎/「つばめグリル」にバイトでもぐりこんでレシピ覚えた。がーん、レシピ公開されてるじゃん!
★見知らぬ駅-△/路線図を広げ、ダーツみたいにピンを投げ、行く場所を決めたりしてた。今は少し保守的に。
★ブレッド-◎/焼きたてパンの香ばしい香りやフルーツ入パンの彩り豊かなところが大好き。
ブレーンストーミング-×/仕事でやりすぎ。ヘキエキしてます。
★カクテル-◎/10年前よりもずっとたくさんの種類を覚え、Barでは欠かせないものに。
★パーキングエリア-△/何が好きだったのか今ひとつ思い出せない。でもシゴトで遠出した帰りに仮眠取るのはサイコウ。
★新築の香り-◎/たまらないですね。新築マンションを手に入れたけど、日々香りが薄れつつあるのがサビシイ。
BASIA-◎/どんなアーティストが出てきてもきっと彼女は永遠でしょう。
★パスタ-◎/色々な種類のパスタが大好きです。
★チョコレート-◎/10年前よりもずっと舌がゼイタクに・・・
エリックサティ--○/10年前はジムノペディ。今も好きだがもっと良いアーティストに沢山めぐり会ってしまった。
★ブリティッシュグリーン-◎/しっとりアダルトなおしゃれ感がたまらない。ブランド嫌いだがヴィトンのタイガ(グリーン)は所有。
★屋外ランチ-◎/10年前はシャイなため少人数のみ。今は大人数でも愉しめます。今日は公園のベンチでお弁当♪
★葉山-○/あまりに行き過ぎて少し飽きてしまったのかな??
★韓国キムチ-◎/文句なしに大好き。
★キャンドルライト-◎/ムーディーで好き。ココロの安定剤でもある。今ではアロマキャンドルも覚えてしまいまして変幻自在。

あ、ここまで読んでくださった方、いらっしゃいませんよね?いらっしゃったら本当にありがとうございます(^^
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by arly1970 | 2004-09-08 22:17 | オピニオン

ブログの書き方について

たまに質問をいただきますので、アーリーのやり方をQ&Aで記してみたいと思います。

[Q]いつ書いているのですか?時間がたくさんかかるのでは?
[A]書くのは大体ウチに帰った後か移動中です。
  内容については、その場で考えることもあれば、一日中あれこれ考えていることもあります。
  しかし、自分なりに心がけていることは、書く時間はできる限り15分以内にということです。
  文章の構成を頭の中で練っておいて、一気に書き上げるやり方です。
  短文を集中して書く「エクササイズ」のつもりでやっています。
  またノートPCを使っており、無線通信(Air H")もできるので移動中、出張中等でもアップロードできます。
  
[Q]テーマはどうやって決めるのですか?
[A]思いつくままに書いてます(笑)。すみません。食べ物ネタが多いのでは?と指摘受けてます。
  そんなに多いかな??でも、もうちょっと違うこと書こうかと思案もしていますので乞うご期待。

[Q]写真はデジカメで撮っているのですか?
[A]高画質のデジカメも所有していますが、あえてケータイのカメラを使用しています。
  CASIO A5401CAという機種で画素数は124万画素です。
  この機種では大きなサイズの写真も撮影することができるのですが、
  あえてケータイ画面と同じ小さなサイズにこだわっています。(ごくたまーに大きな画像も使いますが)
  その限られたクォリティーとサイズで何が表現できるかを試してみたいという気持ちがあります。

  撮った画像はメールでPCに転送しますが、良い環境で撮影できることはまれであり、
  そのままではどうしてもクォリティーが今ひとつであることが多いのが実情です。
  このため、フォトレタッチソフトを使用して、画像を少し修正します。
  僕の場合は、一般的なAdobe社の"Photoshop"を使用しています。
  例えば写真左は元画像ですが、このままでは照明が暗いため、素材の色もハッキリしておらず、
  また全体にぼやけた印象があります。
  この画像に対し、コントラストや明るさの調整をし、トーンカーブを修正し、彩度の調整をおこない、
  シャープフィルターをかけるなどして、スッキリした画像に仕上げるのです。

  そんな感じで今後も1日1本書いていきたいと思いますので、よろしくお付き合いくださいね。
  (コメント大歓迎です。コメントいただけると、ホント、嬉しいです。)
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by arly1970 | 2004-09-02 20:04 | オピニオン

電車での 携帯電話 必ずしも 迷惑ではない ラッシュ以外は

b0007815_1772799.jpg いきなり逆説的なタイトル(しかも字余り)を付けてしまった。異論反論覚悟してます。
 電車内で携帯電話の通話はご法度。現代の一般的ルールだ。「車内ではマナーモードにして通話はしない。優先席付近では電源を切る。」最近ではどの鉄道会社でもほぼ統一されている。優先席付近での電源OFFは医療機器への悪影響を考慮すれば、最低線ではあるが合理的な考えだと思う。
 しかしながら、実はアーリー、以前から疑問に思っているのだ。果たして電車内での通話自体は本当に迷惑なのだろうか?
 まずは迷惑だとされる理由を考えてみたい。

1.着信音がうるさい。
これはマナーモードにすることで回避可能。
2.話し声が大きい。
最大の理由がこれだろう。だが、これは携帯電話でなくとも起こりうる事態だ。大声でがなりちらす深夜の酔客。キャピキャピと奇声を発する中高生集団。ゲハゲハとけたたましく笑いあうオバサマ連中。それに、元々やたらと地声のでかい人だっている。
3.そこに存在しない相手と会話している様子が無気味だ。
これは例えば、一方がやたらに地声がでかく、一方が蚊の鳴くような声の二人組みならどうだろう。少し離れた場所にいる人からしてみれば同様の現象に感じるはずだ。
4.身振り手振りが大きく滑稽(あるいは邪魔)である。
これは言うまでもなく、携帯電話に限ったことではない。

b0007815_18173089.jpg こう考えてくると、問題なのは携帯電話で通話することではなく、車内で大声で話したりオーバーなアクションをすることだとわかる。携帯電話が悪いわけではない。
 事実、観察してみると、携帯電話を使用していても、実につつましく小さな声で話している紳士・淑女もいる。むしろ、普通に会話をしている我々の声の方が車内に大きく響いているくらいだ。つまり、携帯電話を使用しても、普通に会話するボリュームと同じかそれ以下の小声で話しさえすれば決して迷惑とは言えないのではないか。
 携帯電話が悪者にされるのは、通話するとき、声が大きくなる傾向になる人が多いという事実があるからではないかと思う。これはどうして起こるのか?大きく2つあると思う。


1.相手の声が聞き取りにくいために、意識せずとも自分の声のボリュームが上がってしまう。
我々は、先方の声が小さいと自分の声も伝わらないと錯覚し、大きな声を出す傾向にあるようだ。
2.マイク部が高性能になっているにも関わらず、昔の感覚で大声を出している。
TV放送で、場慣れしていないコメンテーターなどが、テーブルに置かれたマイクに不必要に口を近づけてしゃべるのと似ている。

 いくつかの機種を試用してみた。雑踏の中では受話音量が十分でない機種があった。これでは1の理由で声が大きくなってしまっても仕方がないように思う。マイク部については、こちらが雑踏の中にいても、送話口を手で少し覆ってやれば十分相手方には通じていることもわかった。

 これらをふまえて、以下は携帯電話メーカーに対する改良要望。
1.受話音量はできるだけ大きくできるように調整の幅を持たせること。
2.送話口のマイクの性能をアップし、小さな声でも十分拾うようにすること
3.自分の声を受話口にフィードバックし、自分の声も聞き取りやすくすること
4.そして正しい携帯電話の作法を、あのアジのある”JTのイラスト広告”ばりに吊り広告で打ち出すこと

 とはいえ一番大切なのは、やはり我々携帯電話を使用する全員が、極力通常のボリュームで会話するように心がけることだろう。そうして平和が訪れるような気がするのだが。
 さて、みなさんのご意見はいかがでしょうか?
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by arly1970 | 2004-08-30 18:42 | オピニオン

メールなどの文字コミュニケーションツールの効用

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おはようございます。
週末の朝ですね。残念ながら写真のように晴れてはいませんが、とにかく金曜日。

最近思うのですが、メールやメッセなど手軽にやりとりのできる文字コミュニケーションツールを用いると、
会う時間が増えたのと同じ以上の効果があるのではないでしょうか。
知り合って間もないうちから頻繁に意見交換ができるので、よりスピーディーに密になれる。
これは当たり前過ぎることだけれど結構重要。

それに加えて、-face to face-(面と向かって)でのコミュニケーションでは、
自分の「理念」とか「理想」とか、学問に関することなどを語るような雰囲気には
わりと長い間付き合っていても意外にならないものでしょう?
文字コミュニケーションだと、どういうわけか、それが自然にできたりもするし、
相手の考え(それも熟考したであろう考え)をかなり正確に聞くことができる。
また逆に、自分の考えも、直接しゃべるよりも客観的なもの言いで正確に伝えることができる。
そうして、より深い次元でお互いを知り合うことができる。
そんな効用があるように思います。

とはいっても、人と人との関係は実際に会うことが基本。
文字だけでは思い違いだってあります。顔を見て話さなければ伝わらないことが多いのも事実。
文字コミュニケーションツールはそんな実際の人間関係をより深めるための道具立て。
そんなわけで、今晩は音楽仲間達とのわいわい飲み会に参加してきます。

だから、今晩はちょっとブログ一休み。
さて、ガンバッテ働いてから飲むゾ~。

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by arly1970 | 2004-08-27 05:46 | オピニオン

浮気の言い訳?「人の生くるはパンのみによるにあらず」

b0007815_21425894.jpg 今日も朝方から涼しい一日だった。半袖ワイシャツでは少しこころもとない陽気。
 さて、今日はなぜか「新約聖書」からの引用である。ご存知の方も多いと思うが、この書物はイエス・キリストの生涯、使徒の働き、使徒の手紙、預言で構成されている。その中の「マタイによる福音書第4章(”The Gospel According to MATTHEW”)」に記された一節がこれだ。「人の生くるはパンのみによるにあらず」。現代流に言うなら「人はパンだけで生きるものではない」という意味になる。
 大学時代、コイツを引用して数々の浮気を言い訳していたオトコ(注*アーリーではない)を知っている。
「人の生くるはパンのみによるにあらず~たまにはゴハンもウドンもパスタも食べなきゃね~」
これがそのオトコの常套句・・・。

「だってね、おとなしめの娘も、活発な娘も、頭脳明晰な娘も、優しい娘も、奇麗な娘も、華奢な娘も、頼り甲斐のある娘も、守ってあげたくなるような娘も、それぞれに良いものね!!」・・・との弁。

-ああ、女性陣からの猛反発必至(^^;-

b0007815_21423043.jpg ということで、少しは真面目な話をしたい。本当はこの「マタイによる福音書第4章の4」は以下のようになっている。かのオトコは省略し過ぎである。詭弁も甚だしいというわけだ。
But He answered and said, It is written, "Man shall not live by bread alone, but by every word that proceeds from the mouth of God."
-だが彼(イエス)は答えて言った。「『人間が生きるのはパンだけではない。神の口から出る1つ1つの言葉によって生きるのである』と書いてある」-
 このフレーズ、一般的には「人間は単に物質的な食物だけでなく、精神的な食物も得てはじめて人間らしく生きられるのだ」と解釈される。
 精神的な食物。それは一体なんだろう。愛?夢?財?名声?希望?
 みなさんは今、精神的な食物、満ち足りていますか?(アーリーも自問自答しよっと)
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by arly1970 | 2004-08-26 22:10 | オピニオン